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音源付!ピアノ教室では教えてくれない最速ピアノレッスン!


プロフィール


 Shimane Sound Products
 「シマネサウンドプロダクツ」

 名前の由来: 島根県にあこがれを抱いていることから。
          島根県をメジャーにしたいという願いも込められている!?



鈴木一男 
本名:般若正睦 はんにゃまさよし、あまりにも変な名前なので、芸名として鈴木一男という名前を頂いています。
射手座 几帳面な B型

夏の筆者の写真(ひげあり)


私は会社で「不死身の男」と言われています。(笑)

正確に言うと何人から、「お前は電車にひかれても起き上がってきそうだ、3階から落ちても死なない」などと、言われています。

私はバイクに乗っていて、最近歳のせいか血まみれになるようなこけ方が多くなってきて、その度に下手くそになってきたように思います。
そのせいなのか・・・・・・



1.最近で印象的なのは、バイクで走っているとき、いきなり軽トラックが右折してきて、急ブレーキをかけたら、情けなくも後ろのタイヤが思いっきり浮いてしまい、バイクごと軽トラックの荷台に突っ込む形となった。
(もの凄い恐怖でした、終わった!と思った))

その後、軽トラがビックリして急発進したので、衝突は免れましたが、バイクは前からは回転し、バイクも、体もズタボロでした。
でも、家で、自分で包帯を巻き、バイクを応急修理してミイラ男のようになって、はずかしそうに会社に行きました。


2.その次は!
ある交差点から、次の交差点まで、かなり信号の間隔が短く、けっこう飛ばさないと間に合わないところがありまして。
そこを、かなりのスピードで駆け抜けようと、3速に入れてアクセルを全開にした瞬間、ハンドルがブレだし、コントロール不能になり、バイクは回転しながら転倒!
夜だったので、バイクはアスファルトを削って、花火のように光りながら100M以上流れていき、人間の方は横滑り状態で、このままでは、肉がなくなる!と思い、立ち上がろうとしたら、人間は回転しだし、いやになるほど止まらない状態で、(20回くらいかな?)繰り返し繰り返し、体が回るたびバイクが花火のように見えてた記憶があります。(笑)

バイクは、目標の交差点の向こう側の溝に反対向きになってはまっていました。

今は笑い話ですが、横に地下鉄の深い深い溝があり、それにも落ちそうで、危機一髪、回死快勝(ちがう)でした!

さすがにそのときは、バイクも人間も、応急処置不能で、次の日は会社を休みました。

「すみません、事故って血まみれで、体も動きません!」・・・・・


3.その次は!
今度は車で、ある交差点を徐行で入ったつもりなんですが、いきなり左から、猛スピードでワゴン車が衝突!
一瞬にして、相手の車は私の車の助手席に深くめり込み、私の車は瞬間的に横転し、ボンネットはめくれ上がり、フロントガラスは割れ、廃車になってしまいました。
シートベルトが壊れるほどの衝撃でした。

車は命を落としてしまいましたが、このときは無傷でした。

これ以外にもまだありますが、代表的な例を挙げました。

そういったいきさつがあるから、不死身と言われているのです。
みんなと同じように普通に生きているのに、「いつか死ぬで!」という意見もよく耳にします。



忘れてました!プロフィールですね!

小学校低学年の頃から天文に興味があり、小学生の間は、晴れればほぼ毎日望遠鏡で星を眺めていました。

高校3年の時に、友人からエレキギターと、エレピ(デジタルピアノの原型のようなキーボード)を譲り受け、全く何もわからない状態から、好きな曲をコピーしようと毎日頑張った。

非の打ち所のない、完璧な曲を作るのが夢、それは今も変わらない。


昔はマイナス思考だったが、物理分野の量子力学の本の中で、人間原理という解釈にふれて、考え方が変わった。
正しい解釈とは言われていないが、「宇宙は、最初から最後まですべての事象が決まっているわけではない、
人間の意志が加われば未来は変わる。
意志の予測は理論的に不可能である。」というものだった。


音楽をやり始めたのと同時にバイクにもはまっていき、家にいる時は楽器をいじり、学校以外の時は、峠を走る毎日。(昔は、峠では結構速かったつもりだが)

この頃によく、友達に「ピアノを教えてくれと」いわれ、教えていた。
かなりの、レベルまで弾けるようになった友達も何人かいます。
今なら、もっとハイレベルで教えられたのに!と思っています。

他、キャンプ、ウインドサーフィン、スキー、テニスなど、中途半端に色々なことをやったが、結局のところ、音楽と天文、電気が基本スタイル。


何があっても断続的に音楽は続けていて、作曲が仕事の師匠の下で仕事をしたことがあります。
FMで、神戸の作曲者という特集で、1ヶ月間私の曲がかかったこともあります。

友人に作曲を依頼されたことも何度かあります。

友達のバンドの曲をレコーディングして、それもFMの審査に合格しました。。
レコーディングって難しいんですよお!


その後、多くの場数を踏み、たくさん勉強したのでこのときよりは自分自身、はるかにレベルアップしていると思います。


結婚してめちゃめちゃ可愛い子供が二人できました。
この時点で、金銭的にも、時間的にも余裕が全くなくなったので音楽
そのものを完全に断念。

その後、子供の写真を撮るためにオークションで買ったデジカメを落としてしまい、新しいデジカメを買うお金がなかったので、大切な楽器をほぼ全部売りさばき新しいデジカメを買いました(泣泣)
このときの涙が出るほどの苦い思い出は、一生忘れることは無いと思う。
いや、本当に涙が出た。
その代償として、子供の写真は軽く1万枚を超えたかな。

しかし、そのデジカメも使いすぎ?で壊れてしまい、またオークションで購入しました。
(今回は、楽器を売らなくて済みました。)

不意にこの話が舞い込んできました。


売れ残った5台ほどの15〜20年前の楽器類のバックアップ電池を交換し、分解してボリュームのガリをグリスで清掃し、音楽人生再起動となった。


自分の曲を大勢の人に聴いてもらえる!
ミュージシャンの端くれとして、悲しいことだけど「音楽人生の全てのノウハウを売る」
これが私に残された、音楽の結果だと考えるようにしました。



<音楽をやっていてつらかったこと>

20代前半の頃は仕事がとても忙しくて、毎日22時〜23時頃まで仕事をしていたが、どんな日でも必ず2時まで曲を作っていた時期があって、何で音楽をやっているのかも分からずつらかった。
今もそれに近いぐらい頑張っているが、昔よりははるかに楽しい。


<音楽をやっていて嬉しかったこと>

ピアノ歴4年の娘に、「お父さんピアノが上手!」と言われるのもとても嬉しい。
ずいぶん昔、あるタイミングで、いわゆるプロといわれる人や、音楽仲間に「君はピアノが弾けるから」とか「コード弾きが上手い」とか言われたときは嬉しかった。

本当に我流でやってきたから、自分のレベルの位置さえ分からなかったので、とにかく嬉しかった。
以前は夜しか曲を作れなかったけど、今は精神的に強くなり昼でもできるようになったことも嬉しい。


<音楽を続けていられる理由>

音楽は宇宙に通じるものがある。綺麗で、法則があって、神秘的。
楽器を触ることで、小さな世界に流されている自分を客観的に見直すことができる。
天文学などと違い、自分で直感的に理解する楽しさが、続けられる理由かな。
今はシマネサウンドプロダクツこそが、人生そのもののように感じています。

<ノウハウについて>

このテキストが書けるようになるまで、ブランクを入れて24年、トータルで25年くらいかかりましたが、他書には絶対ない、かなりのレベルの実践ノウハウの集大成だと自負しております。

今から思えば、時間が無限にあるのを良いことに、理想的な進み方をすれば半分で済むことをひどく遠回りしてきたように思える。
理想的な方法でレベルアップしていったとしたら、「あるいは?」なんて思ってしまうけど・・・・。

しかし今は、「音楽人生の25年のノウハウの全てを売る」
これが自分の音楽人生の結果だと思って頑張っています。

最近は、そこそこ結果がでてきて、これも立派なミュージシャンと思えるほどになりました!


今の私にとってEpisode0、 I、 II、 III、 IV、とず〜っと勉強しながらでも続けていられることが、一番の幸せなんだと思っています。

自分がやめない限りずっとに続けられるということもわかってきました!

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